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「老後に2000万円不足」の誤解
そもそもこの報告書の正式名称は「高齢社会における資産形成・管理」です。タイトルが示すように、WGでは「高齢社会の金融サービスとはどうあるべきなのか」「私たちが、高齢社会に備えて、どのように、生涯を通じて、長期の資産形成・管理に取り組んでいけばよいのか」を議論し、その結果をまとめたものです。また、老年学(ジェロントロジー)という新しい学問分野での研究成果を踏まえ、高齢化する顧客に金融機関はどう寄り添うべきかといった議論も行われました。
報告書は(1)現状整理、(2)基本的な視点および考え方、(3)考えられる対応の3つのパートで構成されています。読んでいただきたかったのは議論の内容をまとめた(2)基本的な視点および考え方と(3)考えられる対応なのですが、冒頭(1)にあった数字だけがひとり歩きしてしまったのです。
総務省統計局が毎年公表している「家計調査(家計収支編)」(平成29年度)によれば、夫が65歳以上、妻が60歳以上の夫婦のみの無職世帯の実収入と支出の差は月5万4,000円程度です。2,000万円はこの「収支差額月5万円×30年」の単純な掛け算の結果です。一方で65歳の夫婦世帯が保有する金融資産平均は2,000万円以上ありますから、収支差額は「不足」というより、貯めてきたお金を計画的に取り崩して使っている、とみるのが自然です。
2,000万円という数字は載っていますが、『この金額はあくまで平均の不足額から導きだしたものであり、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる』『重要なことは、長寿化の進展も踏まえて、年齢別、男女別の平均余命などを参考にしたうえで、老後の生活において公的年金以外で賄わなければいけない金額がどの程度になるか、考えてみることである』ということもきちんと書かれています。報告書は51ページありますが、興味のある方は特に25ページ以降をしっかりお読みください。
報告書では、人生を、資産を形成する現役期、資産を運用し取り崩すリタイア前後期、資産を管理する高齢期の3つのステージに分けて考えられる対応をまとめています。
具体的には、現役期はなるべく早い時期からコツコツ資産形成をしていくことの有効性を認識する・ライフプラン・マネープランを立てる、リタイア前後期は退職金等を把握、マネープランを立てる、そして、高齢期には認知能力の低下なども起こってくるので、財産の管理などができなくなっていく可能性もあるため、早めに準備をする、ということです。
現役期についてもう少し詳しく説明すると、生活資金やいざというときに備える資金については元本保証されている預貯金などで確保しつつ、将来に向けてなるべく少額でもいいので、長期・積立・分散投資による資産形成を行うことを提案しています。
大事なのは、モデルケースや一般論におどらされることなく、自分は(我が家は)と捉えて、きちんと数値的に検証することです。例えば、日本年金機構のホームページから「ねんきんネット」に登録する、自社の退職給付制度(退職一時金や企業年金など)を調べてみる。50歳を過ぎたら、60歳以降に受け取るお金を「いつ」「どのように(一時金か年金か併給も可か)」「いくら受け取れるか」と整理するだけでも、不安はかなり和らぎますし、必要な対策もみえてくるはずです。
報告書では、金融機関に対して「顧客本位の業務運営」を促していますし、事業主にも従業員に退職金の見通しを早めに通知することや、投資教育・継続教育を通じて金融リテラシーを高め、資産形成を支えていく役割を期待しています。そして、アドバイザーの育成についても提言しています。
現状、宙に浮いたかたちの報告書ですが、これをたたき台に、高齢社会の資産形成・管理にかかわるすべての人たちが、それぞれの立場で、地道に取り組んでいくことが未来を拓くカギになるはずです。
* 金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20190603.html
竹川 美奈子(たけかわ みなこ)
ファイナンシャル・ジャーナリスト
LIFE MAP,LLC代表