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親のお金で親の葬儀代を支払う方法

人が亡くなると、その人名義の銀行口座は凍結されます。凍結とは取引停止措置なので、口座からの引き出しも振り込みも引き落としも、口座への入金すらもできなくなります。
故人のお金で生活していた人がいればその生活に困りますし、亡くなるまでにかかった医療機関への支払いや埋葬や葬儀費用などの支払い、故人に借入があればその返済などに困る場面も出てきます。
親族の誰かが立替えるにしても、葬儀代のように数百万円になる可能性がある場合、その役回りを容易には引き受けられない人もいることでしょう。誰が払うかで親族が揉めてしまうくらいなら、故人の口座に残っているお金で支払えないものでしょうか。

■仮払い制度で引き出しが可能に
2019年の7月、相続法の改正により始まったのが「仮払い制度」です。相続人全員の同意や、遺産分割協議書がなくても、一定の限度額までなら凍結中の口座からお金を引き出せるようになりました。
仮払いには、(1)銀行の窓口で直接仮払いを受ける方法と、(2)家庭裁判所に仮払いを申し立てる方法の2つがあります。
(1)は手間も時間もかからず、お金の使途も問われない反面、引き出せる金額に制限があります。法定相続人は金融機関毎に「預貯金残高×法定相続分×3分の1」まで仮払いできます。ただし1つの金融機関あたり150万円が限度です。
(2)は手間も時間も費用も掛かり、仮払いの理由も求められます。その代わり、法定相続人は法定相続分の全額を引き出せます。
緊急性を要する多くのケースでは、手間や日数のかからない(1)の利用が現実的と考えられ、(2)は、緊急性はないが遺産分割協議が長引きそうなので、先に受け取る必要がある場合などに利用するイメージでしょう。

参考までに、(2)の受け取り例を見てみましょう。
例)相続人が配偶者と子(一人)、A銀行の残高が900万円の場合
  
配偶者 900万円×1/2(法定相続分)×1/3 = 150万円        
子   900万円×1/2(法定相続人)×1/3 = 150万円   
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                                 合計     300万円  

一般的な葬儀の費用(全国平均は197万円)としては十分な金額を引き出せますが、相続人が2人のこのケースでは、預貯金が900万円以上あっても引き出せる金額は増えません。1つの金融機関あたり150万円という上限額に達しているからです。預貯金が複数の金融機関に分散して預けてあれば、より多くお金を引き出せますが、口座数が増えればその分だけ相続手続きは煩雑になります。また、仮払いを受けた金額は最終的に自分の相続分に充当されるので、損得は生じません。

■死後事務委任契約を利用する
死後に生じる煩雑な事務手続きを、生前に第三者に委託する契約です。受任者(手続きを引き受ける人)に対し、あらかじめ一定額の預託もできます。葬儀代をはじめ死後事務による様々な費用を、誰かが立て替え払いせずに済み、遺族が悩んだり揉めたりする事態を回避できます。

■家族信託を利用する
家族信託は、営利を目的としない民事信託の1つで、個人の財産を管理するための制度です。資産を保有する人(委託者)が「契約」によって、信頼できる家族(受託者)に財産(不動産、預貯金、有価証券等)を移転し、一定の目的(信託目的)に従って、特定の人(受益者)のためにその財産(信託財産)を管理、処分します。家族を受託者として財産を託すことから「家族信託」と呼ばれています。
信託財産が預金の場合は、信託口口座(しんたくぐちこうざ) 等の専用口座を開設します。それにより委託者(親)が亡くなっても口座は凍結されず、葬儀代の支払いという信託目的に従い、受託者(親族)は問題なく預金を引き出せます。


死後事務委任契約も家族信託も、元気なうちから契約によって次世代にお金を預けられ、親子双方が安心できる制度です。裏返すと、認知症などで契約を交わす能力(意思能力)が失われてしまうと利用自体ができません。ご家族の事情に合わせ、早めに備える必要があります。
関口 輝(せきぐち あきら)
AFP ファイナンシャル・プランナー
生活経済研究所長野® 事務局長
公開日: 2020年08月13日 10:00