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私的年金の役割は完投型から「継投型」へ

前回のコラム(※1)では「公的年金の繰下げ受給」について取り上げましたが、近年、この繰下げ受給を活用した、公的年金と私的年金の新たな役割分担のあり方が提唱されているのをご存じでしょうか。

■かつては「完投型」が理想だったが・・・
公的年金との年金制度の役割分担というと、かつては、60歳で定年退職して公的年金の受給を開始し、私的年金(企業年金・個人年金)も終身で備えるという「完投型」あるいは「上乗せ型」と呼ばれるスタイルが理想とされてきました。
しかし、社会・経済環境の変化により、完投型を実現するための前提条件が崩れつつあります。バブル崩壊後の低金利・マイナス金利環境や、長寿化による死亡率の改善によって、民間の私的年金市場では、効率的な終身給付の提供が困難となっています。企業年金では、予定利率・給付利率の引下げが相次いでいるほか、個人年金保険では、予定利率の引下げだけでなく商品の販売(新規受入)停止といった事態に見舞われています。
また、わが国の私的年金は、終身給付ではなく有期(確定)給付が主体となっているうえ、そもそも年金受取ではなく一時金での受取が多数派となっている実態があります。いずれにせよ、従来の完投型による公私年金の役割分担は、もはや機能不全に陥っていると言っても過言ではありません。

■完投型から「継投型」への転換を
そこで近年は、公的年金だけでなく私的年金も終身給付で備える完投型から、(1)まず働けるうちはなるべく長く働く、(2)公的年金はなるべく繰下げて受給し終身給付の厚みを増す、そして、(3)就労引退から公的年金の受給開始までの間を私的年金がつなぐ、という「継投型」のスタイルが提唱されています。
継投型のポイントは、次の3点に要約されます。

・先発:就労延長(Work longer)
本年2020年3月の高年齢者雇用安定法の改正により、70歳までの就業機会の確保(高年齢者就業確保措置)が2021年4月から努力義務化されるなど、60歳以降も就労する機会がますます整備されつつあります。
就労延長により、働いている間は給与収入が確保できるほか、公的年金の適用事業所あるいは企業年金の実施事業所に勤務していれば、公的年金・企業年金へのより長い加入で、将来の年金給付額の増加が期待できます。

・中継ぎ(セットアップ):私的年金(Private pensions)
次に、私的年金が野球でいう所の「中継ぎ」、それも勝ちパターンの際に登板する「セットアップ」の役割を担うことで、自助努力で備えるべき範囲が明確化・限定化されるというメリットがあります。自助努力で老後に備えるうえで、自分が「いつ死ぬか」、あるいは「いつまで生きるか」を正確に予見するのは至難の業です。しかし、自助努力の範囲が「就労引退から公的年金受給開始までの5年ないしは10年程度」と明確になれば、「いくら準備すればよいかが分からない」という漠然とした不安が解消され、目標意識を持った備えが可能となります。また、私的年金でも終身で備える必要は薄くなり、有期(確定)給付や一時金の取崩しでも対応がし易くなります。

・抑え:公的年金(Public pensions)
最後に公的年金ですが、公的年金の最大の機能は、何と言っても「終身給付」、すなわち、一度受け取り始めたら亡くなるまで受け取り続けられる点にあり、長生きリスク(平均余命の伸長に伴う生活資産枯渇リスク)に備えるにはまさにうってつけの仕組みです。
また、前回のコラム(※1)でご案内した「繰下げ受給」の活用により、終身給付の厚みをさらに増すことができます。そして、繰下げ受給は、請求前であれば受給開始時期を柔軟に変更できる点も大きなメリットです。

このような、就労延長(Work longer)・私的年金(Private pensions)・公的年金(Public pensions)による継投策のことを、三者の頭文字を取って「WPP」とも称されています。


■さまざまな「継投」が可能
そして、野球における継投策にはロングリリーフやワンポイントなど様々な手法があるように、継投型による就労・私的年金・公的年金の組合せも様々なパターンが考えられます。例えば、(1)貯金が底を尽きそうになったら公的年金の受給を前倒しで開始する手法、(2)中継ぎは私的年金だけでなく退職金・NISA・団体年金共済、貯蓄の取崩しなどあらゆる手段(中継ぎ陣)を駆使する手法、さらには、(3)退職金や私的年金には一切頼らず公的年金の受給開始まで働き続けることを目指す手法、なども考えられます。

このように、「WPP」による継投型は、個々人のライフスタイルに応じた自由な組合せが可能です。その理由は、公的年金および私的年金の受給開始時期の柔軟さが根底にあります。今般の年金制度改正法により、2022年4月以降、公的年金および私的年金の受給開始時期の選択肢はさらに柔軟かつ多様なものとなります。「継投型」による老後への備えは、今後ますますその役割を発揮することが期待されますが、そのためには、「公的年金を繰下げ受給するために敢えて手元資金を取崩す」という意思決定をサポートするための適切な情報提供、シミュレーション、あるいは信頼できる専門家の存在が欠かせません。

(※1) 意外と柔軟! 公的年金の「繰下げ受給」
谷内 陽一(たにうち よういち)
社会保険労務士
証券アナリスト(CMA)
1級DCプランナー、DCアドバイザー
 
公開日: 2020年11月05日 10:14