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老後に必要なお金はいくらなのか?
数年前に「老後2,000万円問題」が話題になりました。これは2019年の金融庁の報告書に端を発した騒動ですが、「多くの人は老後に2,000万円が不足する」と報道され炎上したものです。
報告書では、2017年総務省「家計調査」を引用し「高齢無職夫婦世帯では平均的に月5万円の赤字である」としたうえで、「5万円の赤字が毎月続くと、30年で約2,000万円の金融資産の取り崩しが必要である」と試算しています。
当時の統計データにおける「高齢無職夫婦世帯」とは「夫65歳以上、妻60歳以上」が対象でしたが、2020年からは「65歳以上の夫婦」と統計データの対象が変更されています。その結果、2020年の統計データでは毎月1,111円の黒字となり、不足額が発生していません。視点を変えれば「2020年のデータでみると、老後2,000万円問題は存在しなかった」と、とらえることができます。
■2,000万円あれば、どのような老後生活が送れるか?
このように、どの統計を使うのかによって結果は大きく変わるため、「2,000万円」という金額については参考程度にとどめておき、「老後に2,000万円必要かどうかはわからないけれども、もし老後に2,000万円の金融資産が準備できれば、どのような生活が送れるのか」をシミュレーションしてみました。2019年の金融庁の報告書にあわせ、「65歳以降は毎月5万円(毎年60万円)が不足する」という設定にしています。
<前提条件>
・退職年齢:60歳
・退職時の貯蓄額:2,000万円
・夫婦の老齢年金額:65歳から240万円(年額)
・支出:300万円(年額)
60歳時に2,000万円あった貯蓄ですが、70歳代前半で底をついてマイナスに転じます。60~65歳まで無年金(収入ゼロ)であることが主な要因です。つまり、この試算では老後資金が2,000万円あっても安定した生活が担保されないことを意味します。
■65歳まで収入を確保するとどうなるか?
60~64歳まで月収10万円(年収120万円)を確保すればどうでしょうか。5年間で600万円の収入増となり、貯蓄は80歳代前半まで底をつかなくなります。収入を得ることで収支が改善されますが、平均余命(※1)までの安定を担保するには至りません。
■運用利回りを改善すると?
65歳まで年収120万円を確保したうえで、さらに運用利回りを1.5%に改善すればどうなるでしょうか。貯蓄は80歳代後半まで底をつかなくなり、平均余命までの安定も担保されそうです。
世界株式市場は長期的にみると右肩上がりに推移しており、このトレンドが今後も継続すると仮定すれば、2,000万円のうちの一部を世界株式型のインデックスファンドに振り分けることで、資産全体で1.5%の運用利回りを確保するのはさほど困難ではないでしょう。
■老齢年金の支給開始年齢を早める、遅らせる
65歳まで年収120万円を確保、運用利回り1.5%と想定し、さらに老齢年金の支給開始年齢を早めたり、遅らせたりしたらどうでしょうか(※2)。支給開始年齢を60歳に早めると、60~70歳代の貯蓄は充実しますが、80歳代半ばで貯蓄が底をついてしまいます。支給開始年齢を早める場合は「運用利回りのさらなる改善」や「生活コストの削減」などの対策とセットで行う必要があります。
支給開始年齢を70歳まで繰り下げると、80~90歳代の貯蓄は充実しますが、60歳代後半で貯蓄がいったん底をついてしまいます。支給開始年齢を遅らせる場合は、あわせて「遅らせる年齢まで収入を確保する」などの対策が必要です。
支給開始年齢については「早めた方が得か、遅らせた方が得か」という、年金受給額だけに着目した損得勘定論が多いのですが、この議論は意味がありません。重要なのは、早めたり遅らせたりすることによって「安定した老後生活が担保されるかどうか」であり、それを検証するためにキャッシュフロー表の作成が不可欠だと認識しておいてください。
■キャッシュフロー表で老後生活を疑似体験しよう
「老後にいくら必要か」というテーマは、年金額や支出額、運用利回りなどに左右されます。こうした条件を少し変えるだけで結果が大きく変わりますので、一律に「老後はいくら必要」と結論付けることはできません。
重要なのは「実現可能な資金計画」であり、そのためには「このペースでいくと退職時にいくら貯められそうか」、「その金額でどんな老後生活が送れそうか」など、キャッシュフロー表による疑似体験が不可欠です。
キャッシュフローの項目は細かく設定する必要はなく、①収入、②支出、③収支差額、④貯蓄額の4つが把握できれば十分です。エクセルを使わなくても手書きで簡単に作成できますから、ぜひ試してみてください。
※1 令和3年の簡易生命表によると60歳の平均余命は男性84歳、女性89歳
※2 老齢年金の支給開始年齢を65歳より早めることと繰上げ支給、65歳以降に遅らせることを繰下げ支給という。1ヶ月繰り上げる年金額は0.4%減額され、1ヶ月繰り下げると0.7%の増額となる
中山 浩明(なかやま ひろあき)
CFPファイナンシャル・プランナー
生活経済研究所®長野 主任研究員