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認知症対策と任意後見制度:身近な例から学ぶ

1年ほど前のこと、母から突然「任意後見契約をしたいので、受任者になってほしい」と言われました。その理由を聞くと、母が旧友と再会した際に、思いのほか旧友の認知症が進んでいてショックを受けたこと、同年代の本人もその当事者になる可能性が高いと感じたからとのことでした。

母が「任意後見制度」を理解していたことに驚き、またその契約締結を願われるとは思っていなかった私は、その貴重なタイミングを逃さぬよう、母を帯同して公証役場に出向き、公正証書を作成してもらいました。

まず、任意後見制度とは、誰を後見人にしてもらいたいかを「任意」、すなわち本人が好きなように決められる制度です。ただし、この制度は認知症が発生してからでは遅く、本人の判断能力があるうちにしか利用できません。また、本人を委任者、後見人を引き受けてくれる人を受任者とし、両者間で契約の締結が必要です。繰り返しになりますが、「本人に判断能力のあるときにしか契約できない制度」であることは覚えておいてください。

本人の判断能力がないと判断されるようになってからは任意後見制度が利用できず、「法定後見制度」を利用することになります。「法定」すなわち、法の定めに従って後見人を選任する制度です。具体的には家庭裁判所が後見人を選任します。

本人の認知症が発症する前であれば「任意」後見、発症したあとは「法定」後見で、これらを総称して「成年後見制度」といいます。まさに、大人のための後見制度です。成年後見制度のありがたさは当事者が困難に直面して初めて理解されるものですが、認知症等により判断能力がなくなり、次のような取引や契約が制限されるとどのような事態になるか、読者の皆さんの想像力を発揮してイメージしてみてください。

①    銀行・証券会社での手続きができなくなる
②    本人が所有している不動産などの資産を売却できなくなる
本人が資産として所有しているマンションを売却したい場合や、本人の長期入院や施設入所などで空き家となった不動産を売却したい場合などでも、本人による手続ができなくなる
③    遺産分割協議を行えなくなる
本人が相続人である場合に、本人が認知症で判断能力がない場合には被相続人の遺産分割協議ができなくなる
④    不当に高額な不動産や商品を購入、財産を第三者が使い込んでいた場合等の回復ができない
財産的被害を回復するための手続ができなくなる
⑤    確定申告や納税などの税務処理ができなくなる
⑥    介護施設入所や介護サービスを受けるために必要な契約を締結できない
⑦    必要な医療を受うけるための契約を締結できない

今回、取り上げている任意後見制度は、認知症が発生した後の財産管理に対する解決手段の1つですが、突き詰めて考えると加齢に伴って身体機能が低下することも容易に想定されます。仮に、判断能力がしっかりしていても、身体機能の低下により本人が銀行に行けない等の場面も出てくるでしょう。この身体機能の低下における対策は任意後見とは別の「委任契約」が必要となります。委任契約によって、本人が日常生活での雑務や財産管理を代理人に任せることができ、将来的なリスクを軽減できます。

任意後見契約は公証役場で公証人に口述して公正証書を作成し、登記する必要があります。金融機関や保険会社は公正証書を提示すれば後見人による取引に応じますが、「委任契約」は公正証書でなくても良いため、その効力に疑問を持ち、取引に応じたがらない金融機関も少なくありません。この問題を解決するためには、任意後見契約と委任契約を組み合わせることが有効です。

現実的な解決策としては、任意後見契約書を公証役場で作成する際に、委任契約書も一緒に「委任契約及び任意後見契約公正証書」として登記する方法が一般的です。これによって、委任契約における金融機関の躊躇を減らし、取引に応じてくれ易くなる実態があります。

代理人に許される行為は「代理権目録」として記載されます。その範囲は委任契約が狭く、任意後見契約は広いです。委任契約では、本人の契約行為や金融取引などを妨げられることはなく、あくまで代理人と並行して代理権目録に記載されている取引ができます。しかし、任意後見契約では、認知症等により本人の判断能力がなくなったと判断されると、本人による契約行為等が制限されます。

公正証書の作成は比較的簡単です。公証役場には一般的なひな形が用意されており、それに沿って個別事情を公証人に伝えることで、公正証書として作成されます。最短で本人(委任者)は公証役場を2回訪れればよく、受任者は2回目だけ出席すれば十分です。費用面でも手頃で、母の公正証書作成費用は36,650円、印紙代は2,600円でした。これらの費用を考えると、将来的な認知症や身体機能の低下による不安を軽減できるという点で価値を感じました。また、その日の母のブログは「これでいつボケてもいい。公正証書を受け取ったら心底ほっとした」と締めくくられていました (※1)。

任意後見制度や委任契約は、本来、認知症による判断能力の低下や身体機能の低下した先の対策として語られることが一般的ですが、実はその日に至るまでの日常生活で安らぎを得ることこそが本当の価値のようにすら感じさせられる出来事でした。


※1原文のまま
<補足>
日本公証人連合会のWEBサイトでは制度を動画でわかりやすく解説されています。ご家族と一緒にご覧になることをお勧めします。

https://www.koshonin.gr.jp/

塚原 哲(つかはら さとし)

CFP ファイナンシャル・プランナー

生活経済研究所®長野 所長

公開日: 2023年04月13日 10:00