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2022年4月から日本でも本格的に開始「保険買取サービス」とは?

みなさんは、不要な保険を買い取ってくれる「保険買取サービス」をご存じでしょうか?欧米では、1980年代にエイズ患者の生命保険を買い取るビジネスの流行をきっかけに、急激に拡大。とりわけ米国では、買取範囲もがんなどの重篤な疾病による余命2年以内の限定的な被保険者が利用する制度(Viatical Settlement:末期疾患の保険加入者が生命保険の現在価値分を売却して医療費等に使えるようにする)から、高齢者が老後資金のための財産処分法(Life Settlement:個人の生命保険契約を第三者と売買する)として汎用化され、買取金額ベースで1,000億円前後のライフ・セトルメント市場があるといいます。
日本では、これまでなじみがないビジネスでしたが、2022年4月から、日本でも「株式会社ライフシオン」が生命保険の買取事業を本格的に開始しています。
本コラムでは、筆者が、同社代表取締役の我妻氏から伺った同社のサービス内容に基づき、FPとして保険買取サービスに対する考察をご紹介したいと思います。

◆「保険買取サービス」とは?
まず、保険買取サービスとはどのようなものかご説明しましょう。
例えば、生命保険の加入者が、がんなどに罹患して、医療費や生活費に困ったり、月々の保険料負担も苦しかったりしたとき、解約して解約返戻金を得る方法があります。しかし、解約返戻金の額は健康な人を前提に事前に定められており、重病にかかったからといって金額は変わりません。一部の定期保険など、解約返戻金がないものもあります。
保険買取サービスは、この解約返戻金よりも高い買取金額で保険を買い取ってくれるというものです。同社では、現時点では対象をがん患者さんに限定し、がんの種類や現在のステージ、年齢・性別、保険金や保険料の額などを元に買取金額を算出しています。
買い取られた後は、同社が保険料を負担して契約は継続。保険金受取人は、同社に変更となり、被保険者に万が一のことがあれば、保険金は同社が受け取るしくみです。
気になる買取金額ですが、これまでの買取オファーの実例では、保険金額2,100万円に対して、解約返戻金額250万円の保険商品の場合、買取金額840万円(解約より590万円高い)。保険金額720万円に対して、解約返戻金180万円の保険商品の場合、買取金額が330万円(解約より150万円高い)などとなっています。
同社の収益は、これらの買取金額から差し引いた10%の手数料で、買取金額が100万円の場合、手数料10万円を差し引いた90万円が顧客に振り込まれます。なお、上記事例での買取金額は手数料を差し引いた後の金額です。

◆生前にまとまった資金を確保するための選択肢の一つ
同社のサービスについて筆者の率直な感想としては、以下のような疑問がありました。
「果たして、提示された買取価格が妥当なのか?」
「解約以前に、契約者貸付制度やリビングニーズ特約、重度がん保険金前払特約などが利用できるのでは?」
「生前の医療費や生活費に充当できるが、遺族保障が亡くなってしまう。家族は納得できるのか?」
しかし、同社の我妻氏にご説明を伺ったところ、契約前には、上記制度の利用も含め、通常は保険を解約せず、最後まで契約を継続した方が金銭的には有利になる旨を伝え、本当に今すぐ保険を解約・売却する理由があるのか、よく考えていただくそうです。
また、家族など主要な関係者には同意書の提出を求め、全員の合意を得てから契約締結するなど、丁寧で誠実な対応を心がけておられる様子が伝わってきました。
日本人の感覚として、「人の死」を商品として扱うことに違和感を覚えるかもしれません(ただし、すでに日本でも、生命保険契約をパッケージ化して証券にした「死亡債(Death Bond)」は機関投資家や富裕層向けに取り扱われている)が、ローン利用者の死亡によって借入が返済される「リバースモーゲージ」も同じようなものでしょう。
そう割り切って考えれば、保険買取サービスは、生前にまとまった資金を確保するための選択肢の一つとして挙げられます。

◆FPとしての「保険買取サービス」への3つの懸念とは? 
最後に、今後のサービス普及への期待を込めて、FPとして、がん患者さんやご家族に対する相談業務を行っている筆者の視点から、保険買取サービスに関する3つの懸念をあげたいと思います。

・懸念その1
1つ目は、同社がサービス利用者の例として挙げている「①がんの治療費や生活費のためのまとまった資金が必要、②保険料負担が重くこれ以上保険を継続することが困難、③ご家族に資産を残す必要がなく自身で有意義に利用したい」という条件に合致するがん患者さんがどれくらいいるかという点です。
恐らく①②に該当する方はたくさんいるでしょう。問題は③です。ご家族に資産を残す必要がないということは、すぐにおひとりさまが思い浮かびます。
しかし、同社が買取対象としているのは、被保険者が死亡時に保険金が支払われる「生命保険」です。それに対して、おひとりさまで、高額な生命保険に加入している方は少数派。加入していたとしても、①②に該当するくらいですから、すでに解約している可能性も考えられます。
なお、生命保険文化センター「2022(令和4)年度 生活保障に関する調査」によると、自分自身に関する生活上の不安について、未婚の場合、男性・女性とも、最も高いのは「自分が病気や事故にあうこと」で、「自分の不慮の死による家族の者に負担をかけること」が最も低くなっています。
実際のご相談でも、おひとりさまは、生命保険なら個人年金保険などで老後に備えているか、医療保険・がん保険などの第三分野の商品に加入しているケースが多く、これらは買取りの対象外です。
このほか、夫婦共働きのお子さんがいないディンクスなども③に該当しそうです。
こちらも、一般的に死亡保障のニーズは相対的に低めですが、老後資金なども兼ねて外貨建て終身保険に加入していれば対象となるでしょう。
また、住宅ローンを組んでマイホームを購入し、妻が団体信用生命保険の代わりに生命保険に加入しているケースが考えられます。ただし、これを買い取りしてもらうと、死亡保険金を住宅ローン返済に充当するという本来の役割を果たせないことになります。

・懸念その2
2つ目は、余命の見極めの難しさです。
同社によると、がん患者さんの場合、「5年生存率50%+ステージⅢ・Ⅳ期」くらいが、買い取りできるかどうかのボーダーラインだそうです。
買取業者側にしてみれば、生存率が高くて、被保険者が長生きすればするほど、保険料負担がかさみますので、提示金額は解約返戻金を下回ることになり、「買取不可」となるのは理解できます。さらに、「保険料払込免除特約」が付帯されている場合、保険料支払いがない分、上記のボーダーラインは緩和されます。
同社が、対象疾患を「がん」に限定しているのは、買取金額を計算する上で、生存率などのデータが充実しているためです。
とはいえ、公表データは、2023年3月に国立がん研究センターが発表した最新のものでも、5年生存率は、2014~2015年診断例、10年生存率は2010年診断例と、過去のデータに過ぎません(※1)。
日進月歩のがん医療において、生存率は目安に過ぎず、実際には「5年生存率40%だったけれども、5年経過後もまだ生きている」といった方や、逆に、予想以上に病状が悪化し、買い取られた数カ月後に亡くなってしまう可能性もあります。その場合は、そのまま保有して、死亡保険金を受け取った方が断然「おトク」でしょう。
ちなみに、同社では、買取後も、がんが寛解したなど一定の条件を満たせば、買い戻し時点の解約返戻金を支払ってもらい、買い戻しに応じることがあるそうです。
それでは、ビジネスとして成り立たないんじゃないの?と思いますが、がんが寛解すれば、会社としては解約せざるを得ないため、そうするくらいなら、元の契約者に戻してあげようという考え方に基づいています。
いずれにせよ、統計データよりも長命か短命かは、誰にもわかりません。仮に筆者が、患者さんの立場なら、自分の余命データに基づいて、保険買取の損得をはかれるかどうか。見極めは難しいと感じます。

※1国立がん研究センター「院内がん登録2014-15年5年生存率、2010年10年生存率集計 公表 ネット・サバイバルによる初集計(2023年3月16日)」
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2023/0316/index.html

・懸念その3
そして3つ目は、治療中の当事者が冷静かつ合理的に判断が可能かどうかです。
経済的に困窮している患者さんやご家族にしてみれば、お金になるのであれば何でも売りたいお気持ちはあるでしょう。でも、「買取可=自分の余命が限られている」ことを暗に認めるようなものと感じる患者さんもいるのではないかと思います。
いわば、自分の寿命に値段をつけるような考え方が、日本人の価値観や文化に馴染むのかも気になります。
がん患者さんやご家族の多くは、最後の最後まで、まだ生きられると信じて辛い治療を続けています。そんな状況の中、自分の余命を冷静に、かつ合理的に判断できる患者さんやご家族がどれだけいるでしょうか。
がんの治療法もそうですが、選択肢の幅が広がることで、それを選択するための情報が必要です。そして患者にとって意思決定を迫られること自体、かなりの負荷なのです。

このように、いくつかの懸念があるとはいえ、保険買取サービスによって、がん患者さんやご家族の経済的問題解決や社会的資源活用の選択肢が増えたことは確実です。
これまで、医療費や生活費を捻出するためには、保険の解約しか手段がありませんでした。しかし、高齢になっても、生命保険に加入している方はたくさんいらっしゃいます。保険買取という新たな選択肢のメリットを享受できる方も少なくないはずです。
FPとしては、まず、このようなサービスの存在を広く知ってもらうこと。そして、対象となりそうな生命保険の加入者のみなさんには、健康なうちから、イザという時の保険活用の手段の一つとして認識しておいていただくことが肝要だと考えています。

<参考>
・株式会社ライフシオンHP
https://lifesion.co.jp/
・がんサポート「がん治療で医療費や生活費が今すぐ必要 そんなときは「生命保険の買取」という選択が増えた」(2023年2月)
https://gansupport.jp/article/life/money/insurance/43894.html
・大阪大学助教授 山下典孝「保険契約関係者の変動を巡る法的諸問題」
http://www.js-is.org/resources/h18/resume/h18yamashita_r.pdf

黒田 尚子(くろだ なおこ)

CFP®認定者

1級ファイナンシャルプランニング技能士消費生活専門相談員資格

消費生活専門相談員資格

CNJ認定 乳がん体験者コーディネーター

公開日: 2023年05月04日 10:00