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知識不足が引き起こす家族の争いとは

争族とは、遺産相続をめぐる親族間の争いを指す言葉です。読者の多くも「私の家族は仲が良いから、相続で争うはずがない」と感じているかもしれませんが、そんな人ほど争族に巻き込まれる可能性が高いので留意が必要です。なぜならば、争族に繋がる主要な原因は「相続についての知識不足」だからです。

例えば、法定相続人(相続の権利を持つ人)ではない人が、当事者と思い込んで遺産分割の話し合いに参加しているだけで危険な香りがプンプンしてきます。遺産分割協議を続け、ようやく合意形成ができたと思っていたのに、その親戚が当事者ではなかったと後から判明したら、「これまでの時間は何だったのか?」「初めから遺産分割をやりなおすのか?」「出しゃばって搔き乱して!」と怒り出す人が出てきても不思議ではありません。

亡くなった人(被相続人)の遺産について、法定相続人は被相続人の配偶者、子、直系尊属、兄弟姉妹であり、その順位も民法という法律で定められています。上位の者がいる場合、下位の者は法定相続人になりません。

ルールはシンプルです。まず、戸籍上の配偶者は必ず相続人になります。第1順位は子で、実子※1と養子の区分はありません。子がすでに死亡している場合は、その子(孫やひ孫)が相続人になります。これは何代にも及びます。第1順位がいない場合は、第2順位が直系尊属です。父母ともにすでに死亡している場合、その親(祖父母)が相続人になります。第3順位が兄弟姉妹です。兄弟姉妹がすでに死亡している場合、その子(つまり甥や姪)が相続人になります。これは一代限りです。

ありがちなケースは、被相続人(故人)に子がおらず、父母も他界している場合です。「子がなくて両親も死亡しているから兄弟姉妹は法定相続人」と思い込んで、兄弟姉妹が出てくる場合がありますが、仮に祖母が生きていれば第2順位ですから兄弟姉妹の出る幕はありません。「おばあちゃんが法定相続人になるの?おばあちゃんは老人ホームに入っているし、認知症で判断能力がないのに、それでも兄弟姉妹は法定相続人にならないの?」などと思われるかもしれません。そう、このようなケースでも兄弟姉妹は法定相続人にはならないのです。

認知症で判断能力がなくなっている場合の取り扱いは後述するとして、あなたに「今回のケースでは兄弟姉妹は当事者ではない」と判断できるだけの知識がなければ、争族が発生しやすくなります。

また、自宅だけが残されたとき、建物や土地の分割方法を知らないままに遺産分割協議を終えると争族が発生しやすくなります。

具体例として、遺産が土地だけだった場合を考えます。法定相続人の全員がその土地を守り続けたければ、それを分割して登記(分筆)すれば良いものの※2、「私は遠くに住まいがあるし、そんな土地はいらないから現金が欲しい」という法定相続人がいれば、共同相続人のうちの誰かが土地を引き取り、他の相続人に金銭を与えるという方法を取る必要が生じてきます※3。法定相続人の誰からも土地の引き取り手がない場合もあるでしょう。その場合は、その土地を第三者へ売却し、売却代金を相続人間で分配※4しますが、これらの知識が不足していると、そもそも手続きが円滑に進まなくなります。

遺言書は、遺産分割が円滑に行われるための重要な手段の一つです。遺言書により、被相続人の意志が明示され、相続人間の争いを防ぐ力があります。これも事例で解説しましょう。

仮にお子さまのいない夫婦の場合、夫が遺言書を用意せずに死亡すると、遺された妻がそれまでと変わらぬ生活を続けたくても困難が生じます。なぜなら、亡夫の兄弟姉妹(法定相続人)の誰か一人でも合意してくれなければ、妻が夫のすべての遺産を相続するという選択ができなくなるからです。つまり、夫が生前に遺言書を用意しておかなければ妻を救えない※5という知識が欠けていると、一筋縄にはいかなくなってしまうのです。

認知症等により判断能力が低下している法定相続人がいる場合も留意が必要です。なぜなら、遺産分割協議は話し合いによる問題解決であり、相続人に意思能力や行為能力が不足している場合は有効な合意や契約を結べないからです。そのため、無理に遺産分割協議を進めた場合、その協議は後で無効となる可能性が高いのです。一方、認知症だからといって、その人の存在を無視して遺産分割協議はできません。判断能力が低下している法定相続人の成年後見人や保佐人を裁判所に選任してもらい、選任された人と遺産分割を進める必要があります。

法定相続人が音信不通で居所がわからない場合、その人を存在しないものとして遺産分割協議はできません。どうしても連絡が取れない場合は、裁判所に不在者財産管理人を選任してもらい、その方と遺産分割を進める必要があります。

未成年の相続人がいる場合も注意が必要です。未成年者は法律上有効に意思表示できないため、親権者や法定代理人が未成年者に代わって遺産分割協議に参加しますが、仮に親権者も共同相続人である場合、この未成年者と親権者は利益相反の関係※6になるため、家庭裁判所に特別代理人を選任してもらう必要があります。特別代理人となる人は必ずしも弁護士である必要はなく、法定相続人ではないおじさんやおばさんなどに頼む場合もあります。ここでも、未成年者だからといって、その人の存在を無視して遺産分割協議ができないという点が話のポイントです。

いかがでしょうか。家族が円満な関係を築いていても、基本的な知識がないだけで争いが生じる可能性があります。まさに知識は力なり。家族が相続に関する正確な知識を持つことが重要ですので、積極的に書籍やセミナーで知識を得るようにしましょう。


※1 血のつながりのある子
※2 当然分割という
※3 代償分割(だいしょうぶんかつ)という
※4 換価分割(かんかぶんかつ)という
※5 遺言書に「すべての財産を妻に相続させる」という内容が書かれていて、法的に遺言書としての要件を満たしている場合、兄弟姉妹はその指示に異を唱える権利がない(兄弟姉妹には遺留分がない)
※6 成年者の受け取る遺産を増やすと、親権者の受け取る遺産が減り、親権者の受け取る遺産を増やすと未成年者の受け取る遺産が減る関係
 

塚原 哲(つかはら さとし)

CFP ファイナンシャル・プランナー

生活経済研究所®長野 所長

公開日: 2023年06月15日 10:00