全員
交通事故治療と後遺障害等級認定のポイント
1. 交通事故での保険と損害賠償の基本
交通事故が発生すると、加害者には民事責任(損害賠償)、刑事責任、行政責任の3つの責任が問われます。被害者は治療費や修理費を加害者に請求できますが、多くの場合、加害者が加入している任意保険や自賠責保険を使って対応します。
損害賠償額は、自賠責保険基準、任意保険基準、裁判基準(弁護士基準)の3つの基準で決まります。裁判基準が最も高額になりやすいものの、過失割合や後遺障害等級の認定状況などにより最適な基準を選ぶ必要があります。弁護士を介することで裁判基準に基づいた請求ができ、被害者に有利な結果が期待できます。
ただし、全てのケースで裁判基準が有利とは限りません。たとえば、過失割合が大きい場合、自賠責保険基準の方が有利になることもあります。また、裁判によって後遺障害等級が下がるリスクもあるため、適切な判断が求められます。
2. 保険会社との交渉と治療費
加害者の保険会社が治療費を支払う一方で、治療が長引くと保険会社から「治療費の支払いを終了する」と告げられる場合があります。特に、事故から数ヶ月経過した時点で「これ以上の支払いはできない」となることが多くあります。
しかし、保険会社の支払いが止まった場合でも、被害者は自賠責保険を活用し、治療費を直接請求することが可能です。この方法を被害者請求と呼び、最大120万円まで治療費がカバーされます。
3. 治療費が認められる条件
保険会社が治療費を支払うかどうかは、3つの重要な要素にかかっています。
1) 医師の指示・同意
整骨院や接骨院での治療が必要とされていることが重要です。整形外科の医師による意見書や診断書を用意し、治療の正当性を示すと効果的です。
2) 治療の必要性・有効性
治療が必要であり、効果的であることも考慮されます。たとえば、頸椎捻挫や腰椎捻挫の治療では、整形外科での診断内容と一致していることが望ましいです。
3) 治療費の妥当性
治療費が過剰でないかどうかもチェックされます。健康保険の基準や労災基準に照らし合わせ、適切な額であることが求められます。
治療内容や痛みを証明するための書類は、後遺障害等級の認定時に非常に重要な役割を果たします。整骨院や接骨院での治療内容を詳しく記載した施術証明書や、MRIやレントゲンの画像資料も効果的です。これらが不足していると、保険会社からの賠償が減少する可能性があるため、主治医との連携が必要です。
4. 後遺障害等級と賠償額
交通事故で後遺症が残った場合、後遺障害等級が認定されることがあります。この認定により、被害者は治療費や慰謝料に加えて、後遺障害慰謝料や逸失利益の請求が可能になります。
頸椎捻挫や腰椎捻挫の場合、自動車損害賠償保障法の支払い基準(後遺障害等級)の14級9号(局部に神経症状を残すもの)や12級13号(頑固な神経症状を残すもの)として認定されることが一般的です。
ただし、具体的な金額は被害者の年収や状況によって変わります。例えば、被害者30歳、年収が500万円で14級9号の認定の場合、裁判基準(弁護士基準)による慰謝料110万円+逸失利益約114万円(※1)で合計224万円程度、12級13号の場合は慰謝料280~290万円+逸失利益約597万円(※2)で合計877~887万円程度になります。
5. 後遺障害等級の認定手続き
後遺障害等級の認定を受けるためには、まず症状が「固定」されることが必要です。医師が後遺障害診断書を作成し、自賠責保険会社を通じて損害保険料率算出機構が調査を進めます。調査結果は数ヶ月から半年ほどで出ますが、結果に満足できない場合、裁判以外の手軽な紛争解決手段(ADRという)もあります。具体的には一般財団法人 自賠責・共済紛争処理機構(※3)への申請も選択肢にしておきましょう。裁判よりも費用が安価で迅速に処理されます。
手続きに際して、医師との相談や診断書の内容確認は重要です。痛みや後遺症を証明する十分な書類が揃っていない場合、等級認定が難しくなります。
認定をスムーズに進めるためのポイントは次の通りです。
1) 通院頻度
30日以内に1回程度の通院が望ましく、定期的な治療が大事です。
2) 整形外科と接骨院の併用
整形外科と接骨院を併用して治療を受けると、治療の有効性が証明されやすくなります。
3) MRIや診断書の内容
後遺障害の認定に有利となるMRIやレントゲンの記録を整えておくことが大事です。
6. 被害者請求のメリットとデメリット
被害者請求の最大の利点は、保険金が被害者の口座に直接支払われるため、早期に必要な資金を得られる点です。さらに、過失がある場合でも、自賠責保険から補償が受けられます。また、自賠責保険の支払い上限額(傷害部分で最大120万円、後遺障害部分で最大4,000万円)までは補償が期待できます。
ただし、被害者請求には手続きが複雑で、書類準備の負担が大きい点がデメリットです。不備があれば認定が遅れたり、結果が不利になったりする可能性もあるため弁護士の力を借りたいところ。そういう意味でも、自動車保険や共済には弁護士費用特約を付帯し、いざというときは必ず利用しましょう。特約利用による保険料や共済掛金の引き上げはなされない点も覚えておきましょう。
いかがでしたでしょうか。今回は6つの側面についてご案内しましたが、交通事故の被害者は、治療や保険対応で多くの課題に直面します。後遺障害等級の認定や損害賠償の請求において、適切な準備が補償額に大きな影響を及ぼします。保険制度や法律を正しく理解し、専門家の助言を受けることで、被害者が受けるべき補償を確実に得ることができます。
※1 500万円×5%(労働能力損失率)×4.5797(労働能力逸失期間5年のライプニッツ係数)≒114万円
※2 500万円×14%(労働能力損失率)×8.5302(労働能力逸失期間10年のライプニッツ係数)≒597万円
※3 https://www.jibai-adr.or.jp/
塚原 哲(つかはら さとし)
CFP ファイナンシャル・プランナー
生活経済研究所®長野 所長