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私的年金の制度改正動向(その1):確定給付企業年金等の改正
このうち、確定拠出年金(DC)の制度改正については既に複数の識者が取り上げているため(※1・※2)、本稿では趣向を変えて、まずは確定給付企業年金(DB)およびその他の制度の改正から解説します。
■DBの資産運用の「見える化」
2023年12月公表の「資産運用立国実現プラン」では、企業年金(DBおよび企業型DC)の資産運用について「他社と比較できる見える化」を提唱しています。
これを受けて、DBおよび企業型DCの資産運用状況について、企業・基金が厚生労働省へ提出する各種報告書の項目をベースに厚生労働省が情報を集約し、制度別あるいは事業主・規約・運営管理機関別に名称が分かる形で一般に公開する見込みです。併せて、各種報告書の提出業務の効率化・迅速化を図るため、企業・基金から厚生労働省への報告書の提出のオンライン化も実施される見込みです。
これにより、将来的には、DBおよび企業型DCの財政状況や資産運用状況を、誰もがオンライン上で気軽に閲覧・比較することが可能となります。
■「資産運用ガイドライン」の改訂
前述の資産運用立国実現プランでは、DBの運用力の向上についても言及しており、資産運用に関する研修・情報提供を通じた人材育成等の取組の推進や、運用委託先の定期的な評価・見直しの促進などの施策を提唱しています。
これを受けて、法令改正に先立ち、DBの資産運用ガイドライン(確定給付企業年金に係る資産運用関係者の役割及び責任に関するガイドライン)が2025年1月9日付で改訂されました。同ガイドラインには、運用基本方針の作成・変更時の加入者意見の聴取、スチュワードシップ活動に係る協働モニタリング、人材育成等の推進、アセットオーナー・プリンシプルの位置づけ等について新たに規定されました。なお、同ガイドラインに即した体制整備を行うかどうかは、各DB制度の判断に委ねられます。
■DBの給付減額の判定の取扱いの見直し
DBの給付設計の変更において「給付減額」に該当するか否かの判定は、名目上の給付額ではなく給付現価(名目上の給付額を予定利率で割引計算した額)で行います。しかし、近年増加している「定年延長による支給開始年齢の引上げ」に伴う給付設計の変更では、名目上の給付額が増加する場合であっても給付現価ベースでは給付減額と判定されるケースが多く、定年延長への対応の阻害要因になっていると指摘されてきました。
これを受けて、定年延長等に伴う給付設計の変更について、現行の給付減額判定基準を原則としつつ、
「給付の名目額が増加すること」や「対象加入者の3分の2以上で組織する労働組合があること」等の要件を満たす場合は、給付減額として取扱わないことが認められる見込みです。これにより、定年延長に伴うDBの制度改正のハードルが下がることが期待されます。
ただし、中堅・中小企業では労働組合が無い企業も多く、今般の取扱いが認められない懸念があります。この点は、企業年金・個人年金部会の場でも複数の委員から再検討すべきとの意見が寄せられており、引き続き検討される可能性があります。
■iDeCo+とDBの併用解禁は見送りに
企業年金を実施していない従業員300人以下の企業が対象のiDeCo+(イデコプラス:中小事業主掛金納付制度)について、DBとの併用を認めてはどうかとの議論が企業年金・個人年金部会で行われました。全体的には賛成意見が多かったものの、企業のニーズも踏まえつつ慎重に検討すべきとの観点から、今回の改正では見送られる模様です。
■国民年金基金の掛金額の上限引上げ
国民年金基金の掛金額は、1991年の制度開始以降、上限は一貫して月68,000円のままでした。令和7年度税制改正大綱では、iDeCo(個人型確定拠出年金)の第1号加入者の拠出限度額の引上げに伴い、国民年金基金の掛金額の上限も月75,000円に引き上げられることが明記されています。
■その他
DB等の環境整備のためのその他の施策として、下記の施策の実施が見込まれています。
・手続きの簡素化: 関連手続のオンライン化・デジタル化 など
・広報等による普及促進: 金融経済教育推進機構(J-FLEC)との連携
・石炭鉱業年金基金のDB制度への移行、石炭鉱業年金基金法の廃止 など
次回は、DCの制度改正動向について解説します(続く)。
(※1)菱田雅生「2025年は新iDeCoに期待!マッチング拠出の変更もメリット大」(2025.1.9)
https://fpi-j.tv/announce/420
(※2)竹川美奈子「企業型確定拠出年金やiDeCoはどう変わる?」(2025.1.30)
https://fpi-j.tv/announce/423
社会保障審議会企業年金・個人年金部会における議論の整理(厚生労働省Webサイト)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_48235.html
令和7年度税制改正大綱(自由民主党Webサイト)
https://www.jimin.jp/news/policy/209630.html
資産運用立国実現プラン(内閣官房Webサイト)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/bunkakai/sisanunyou_torimatome/plan.pdf
谷内 陽一(たにうち よういち)
名古屋経済大学 経済学部 教授
社会保険労務士
証券アナリスト(CMA)