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増税は大騒ぎでも社会保険料の負担増がアッサリ通る理由

2025年3月31日、ようやくといった感じで2025 年度税制改正法が成立しました。
「178万円までに引き上げられる」「修正案では123万円に」などと話題になった103万円の壁は、160万円まで引き上げられたものの、減税額はおおむね2~3万円程度。
しかも、新しく導入された「基礎控除」の引き上げ幅を年収に応じて変えるしくみは、給与収入200万円の上乗せ分37万円のみが恒久措置。それ以外の給与収入200万円超から850万円以下の5~30万円の上乗せ分は、2025年、2026年の2年のみの時限措置です。
これなら2024年の岸田政権時の定率減税の方が減税額も多かった…と感じられた方もいるでしょう。
そして、複雑になった「年収の壁」に対しては、結局、パート妻(このご時世、正社員妻、パート夫というパターンも増えてきましたが、あえてわかりやすくするためパート妻の設定で統一)は、どんな働き方がベストなの?と困惑する声も多く聞かれます

FPとしては「『壁』など、気にせず稼げるだけ稼いでキャリアやスキルを身につけた方が長期的にみておトク」とアドバイスしたいところです。ただ、家庭の事情やライフスタイルなど、さまざまな事情で、働き方を制限せざるを得ない方もいらっしゃいます。
今回の改正内容を踏まえて申し上げると、やはりポイントは「社会保険料」ということです。
というのも、所得税の最低税率は5%(今回の改正で、パート妻の場合、基礎控除58万円+上乗せ分37万円+給与所得控除65万円=160万円までなら所得税はゼロ)です。所得税は、超過累進税率というしくみになっているので、年収が低ければ額も小さくなります。
一方の住民税の最低税率は10%(今回の改正では、住民税の基礎控除は変わらず。基礎控除45万円+給与所得控除65万円=110万円までなら住民税ゼロ。ただし自治体によってこれ以下でもかかる場合あり)で、所得に関わらず一律となっています。
一見すると、住民税は所得税よりも高いイメージがあるものの、控除後の所得が小さければ非課税となる人も少なくありません。

しかし、社会保険料は、所定の年収になると一定の割合でかかります。
所定の年収とは、いわゆる「106万円」と「130万円」の壁といわれるものです。
そもそも、社会保険への加入要件は、①週の所定労働時間が20時間以上、②所定内賃金が月額8.8万円以上、③2カ月を超える雇用の見込みがある、④学生ではない等に加えて従業員数の要件があります。
2024年10月以降、従業員数101人以上から51人以上の勤務先も対象となり、そこそこ大きな会社に勤めている方は、106万円を超えると社会保険に加入することになります。
さらに、年金改正法案には、②の賃金の撤廃や従業員数要件の撤廃も俎上にあがっていますので、今後も、パートタイマーの社会保険適用は拡大する傾向にあるでしょう。

そして、130万円は、会社員の夫の扶養から外れるボーダーラインです。なお、60歳以上であれば180万円未満となります。
ただ、政府は、2023年10月から、「年収の壁・支援強化パッケージ」を実施しており、扶養内で働くパート・アルバイトの方が一時的に年収130万円を超えた場合でも、事業主の証明があれば、最大2年間は引き続き扶養に入ることが可能です。
扶養から外れても、勤務先の社会保険に加入できれば基本的に労使折半となりますが、そうでない場合は、国民年金や国民健康保険に全額自己負担で加入せざるを得ません。

そもそも、被用者(会社員)が加入する社会保険は、健康保険、介護保険(40歳以上)、厚生年金保険、雇用保険、労災保険の5つ。それぞれ保険料は、労災保険が全額事業主負担でそれ以外は基本的に労使折半となっています。
例えば、2025年4月現在、東京都・協会けんぽの場合、従業員の負担分は、健康保険4.955%、介護保険0.795%、厚生年金保険9.15%、雇用保険(一般の事業)0.6%で合計約15.5%です。つまり、お給料の15%以上がいきなり持っていかれるわけです。
この割合は、2000年頃は約10~12%程度でしたが、定期的に見直しルールがある健康保険、介護保険はじわじわと上がってきています(厚生年金保険は2017年の時点で上昇打ち止め)。

<参考>
協会けんぽ「令和7年3月分(4月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表」
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/~/media/Files/shared/hokenryouritu/r7/ippan/13tokyo.pdf

では、ようやくタイトルにもなっている増税に比べて社会保険料の負担増は、毎年あっさり通っているのかという点です。
その理由はおもに3つ考えられます。第一に、税と社会保険は制度の位置づけが違うこと。
税は、すべての国民がその所得に応じて国や自治体に支払うお金で、国民の義務の一つです。使い道は、教育や防衛や公共事業など広範囲にわたり、見返りはとくにありません。
一方、社会保険は、加入している人が保険料を支払い、医療や年金、介護、雇用などのために使われます。「保険」ですから、何か困ったときには助けてもらえる相互扶助のしくみなので、見返り=反対給付があります。ですから、国会で大々的に議論される「増税」と違って、行政主導で制度の改定として扱われて見直ししやすくなっています。

第二に、制度維持のため国民の‘仕方ない感’が得られやすいこと。保険としての性質上、「あなたが将来使うサービスのために、みんなでお金を出し合っている」形になります。少子・超高齢社会の進展によって財政が厳しいことは、誰でもご存じのとおり。さりとて、いきなり給付を下げるわけにもいきませんので、「国民のみなさん、仕方ないですよね~」って感じで、じわじわと毎年、社会保険料を上げていく常套手段が取られているのです。
とりわけ、年金を受給していて、少額な自己負担で通院し放題の高齢者は、まさに社会保険の恩恵を受けている層です。自分の首を絞めることにつながりかねない社会保険料アップに反対の声は上げづらいでしょう。

第三に、「見える化」しにくいこと。例えば、消費税は買い物する度にかかりますから、増税すると如実に支出は増加します。しかし、社会保険料は年金や税金から天引きされますので、少しくらい増えても気づかない人が大半でしょう。
しかも被用者(会社員)の場合、自分だけでなく会社も負担してくれているため、なんだかトクした気にさせられるのが恐ろしいところです。

このように、税と社会保険は制度的には異なりますが、元々は働いて得た収入から取られるという点では同じです。増税に対して否を唱えるならば、社会保険料アップに対してももっと敏感になっても良いのではないでしょうか?
 
 

黒田 尚子(くろだ なおこ)

CFP®認定者

1級ファイナンシャルプランニング技能士消費生活専門相談員資格

消費生活専門相談員資格

CNJ認定 乳がん体験者コーディネーター

公開日: 2025年05月01日 10:00