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「自由診療」を民間保険で保障する危うさ
同時に、医療者がもっとも頭を悩ませているのが「高額な医療費を患者さんがどう負担するか」ということです。
例えば、今年(2018年)4月に先進医療の仲間入りをした国立がん研究センター中央病院の「マルチプレックス遺伝子パネル検査」について見てみると、先進医療が適用になるのはあくまでも検査のみ。その結果、効果の期待できる薬剤(分子標的治療薬)が見つかった場合、その後の治療に関しては、原則として保険適用はありません。
仮に、自由診療で未承認薬剤の治療を行う場合、概算で月額100万円、1年継続すると1,200万円以上の患者負担がかかります。
そこで、にわかに注目を浴びるようになったのが自由診療を補償・保障する民間保険です。
近年、民間の医療保険やがん保険などでは、抗がん剤・放射線治療などの通院治療を保障するタイプが増えてきました。
しかし、あくまでも保障されるのは「公的保険の対象となっている治療」です。自由診療で行う治療は給付金の対象外となります。ただし、がん保険には、先進医療や自由診療も含め、実際にかかった費用を補償する「実損てん補タイプ」の商品があります。
このタイプの代表格がセコム損保のがん保険「メディコム」とSBI損保の「がん治療費用保険」です。さらに、今年4月2日に発売開始されたチューリッヒ生命の「終身ガン治療保険プレミアムDX」は、これまで保障の対象外であった「欧米で承認されているものの、日本で未承認の抗がん剤」を新たに追加して保障するとしています。要するに、限定的に自由診療が保障されるようになったわけです。
一見、保障範囲が広がったことは、消費者によって喜ばしいことかもしれません。
しかし、ここはシビアに、がんに罹患した場合、保障の対象となる自由診療を受ける可能性がどれだけあるかを検証すべきです。
おそらく、国内未承認薬を利用するイメージというと、「がんを発症」→「医師に治療法がないとサジを投げられるor医師が提案する治療法に納得できない」→「ネット情報などで、欧米で承認された国内未承認を発見。効果が期待できそう」→「薬剤を個人輸入して、投与してくれる医療機関を探して自由診療で治療を受ける」といった感じではないでしょうか?
もちろん、この場合の費用負担は数千万円以上に上ると思いますので、民間保険でカバーできるのであれば万々歳です。
ただし、この発想は、あまり現実的ではありません(というか、ちょっと時代遅れ?)
まず、欧米で承認されているけれども、日本未承認または適応外である薬剤がどれくらいあるのかご存じでしょうか?
国立がん研究センターの「国内で薬事法上未承認・適応外となる医薬品・適応のリスト」(2018年4月4日現在)によると、該当する未承認薬は65剤、適応外薬は28剤。このうち、未承認薬の適応症の内訳は、血液がん30剤で、全体の半数近くを占め、次いで、泌尿器がん(前立腺がんなど)11剤、乳がん5剤、皮膚がん(悪性黒色腫など)4剤、骨軟部腫瘍(肉腫)3剤、肺がん(非小細胞肺がん)3剤、卵巣がん2剤、小児がん2剤となっています。乳がん、肺がんを除く、日本人の罹患リスクが高いと言われている、いわゆる5大がんの未承認薬はありません。
さらに、国内の未承認薬・適応外薬のアクセスについてです。
現在、保険診療になっていない研究段階の医療を利用する場合、以下のような方法が考えられます。
(1)企業治験
(2)医師主導治験
(3)拡大治験
(4)先進医療A・B
(5)医師・研究者主導臨床試験(先進医療Bおよび患者申出療養を除く)
(6)患者申出療養
臨床試験とは、薬や治療法、診断法の安全性と有効性を確かめるために人を対象に行う試験。治験とは、新薬が医療機器、適応外薬などを用いて国の承認や適応症拡大を目的に行う臨床試験の一種です。
上記のうち(5)を除いて、保険診療との併用が認められる「保険外併用療養制度」の適用が受けられますし、基本的に治験薬は無償で提供されます。冒頭にご紹介した「マルチプレックス遺伝子パネル検査」も、その後の治療に関しては、上記(2)の医師主導治験が行われています。
要するに、自由診療をカバーする保障を検討する場合、次の点を考慮する必要があるということです。
1.がんに罹患したとしても、ドラッグラグ(欧米で薬事承認されている医薬品が日本で承認され使えるようになるまでの時間差)が生じているがんに罹患する可能性がどれくらいあるのか?(もちろん、希少がんについては、経済的市場原理から、全世界でドラッグラグが発生している)
2.現時点では、国内の未承認薬等へのアクセスは、基本的に保険外併用療養でカバーできるのではないか?
そもそも、公的保険で保障していない自由診療を、民間保険で保障すること自体、異を唱える医療者が少なくありません(もし、健康被害が起きた場合の責任をどうするのか?自由診療へのアクセスが容易になり、公的保険制度の考え方を揺るがしかねないのでは?など)。
もちろん、このような保障を提供する保険会社の想いやスタンス(治療の選択の幅・可能性を広げる、生きるためのチャンスを提供する)には必要性や共感するところは多々あります。
しかし、消費者に対しては、「先進的かつ高度な医療、自由診療は公的診療よりも素晴らしい!」的な誤解を生まないよう十分注意していただきたいのです。
なお、冒頭の国立がん研究センター中央病院に続き、2018年4月上旬には、東京大学医学部付属病院が、先進医療会議に「東大オンコパネル」と呼ばれる独自のがん遺伝子検査の先進医療を申請。先進医療技術審査部会で了承されました。今後も、続々とこのような検査の先進医療の適用が増える予定で、将来的に、一部のがんについては、その後の治療も保険適用される可能性もあるでしょう。
とはいえ、がん医療が進む中、それを経済的に担保するしくみや情報も正しく理解されるべきだと痛感しています。
黒田 尚子(くろだ なおこ)
CFP®認定者
1級ファイナンシャルプランニング技能士消費生活専門相談員資格
消費生活専門相談員資格
CNJ認定 乳がん体験者コーディネーター