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高齢化で注目される民事信託

信託と聞くと、信託銀行を思い浮かべる人は多いと思います。信託には、信託銀行などの事業会社が行う「商事信託」と、個人などが1契約に限り信託の担い手となる「民事信託」があり、近年、急速に注目されるようになっているのは「民事信託」です。家族が担い手になることが多いことから、「家族信託(R)(※1)」とも呼ばれています。
※1 家族信託普及協会により商標登録されています。

1.信託と民事信託
まずは、信託の基本的なしくみを説明します。ある財産を所有している場合には、財産の所有者がすべての権利を持ちますが、信託を設定すると、その財産に関して管理等を行う権限と、財産から得られる利益や運用益を受ける権利とに分けられます。後ほど具体的な事例で説明しますが、このように権限と権利を別々の人が持つことで、認知症や知的障がいのある人の財産を守ることが可能になるのです。
信託には、最低でも次の3者が登場します。
(1)委託者(財産を託す人)      
(2)受託者(財産を管理・運用する権限を持つ人) 
(3)受益者(利益や運用益を受ける権利を持つ人) 

「(2)受託者」は、商事信託では信託銀行や信託会社などがなりますが、民事信託では、主に家族や親戚がなる、という違いがあります。また信託のメリットの1つに、「(3)受益者」が亡くなった場合の、次の受益者(第2受益者、第3受益者など/複数も可)を決めておけるという点があります。自分の財産の行き先を、何代にもわたって指定しておくことができるのです。

2.自宅を信託する事例(子どもがいない高齢の夫婦のケース)
自分や妻が認知症になった時に備えて、自宅に信託を設定する事例を見てみましょう。
Aさん(83歳)と妻のBさん(81歳)夫婦には子どもがいません。今は健康ですが、周りの高齢者を見ていて認知症は心配です。また自宅は先祖代々の土地に建てられているため、いずれは甥のCさんに相続させるつもりですが、妻のBさんに相続させてしまうと、いずれはBさん側の相続人が自宅を相続することになりかねません。
妻が生きている間は追い出されないように権利を残したい。またAさんやBさんが認知症になった場合の自宅の管理も心配と考えて、契約により次のように信託を設定しました。

・信託の対象:自宅
(1)委託者=Aさん
(2)受託者=Cさん
(3)受益者=Aさん 第2受益者=Bさん、
・Bさん死亡後は、自宅はCさんが引き継ぐ

自宅に住む権利(受益権)は受益者であるAさんにあり、Aさん死亡後には、受益権は妻のBさんに移るので居住権は確保できます。一方、自宅を管理する権限はCさんに移り、Cさんは、Aさん夫婦のためにリフォームや修繕などの管理を行えます。そしてAさんBさんを見送った後は、自宅はCさんが引き継ぐというスキームです。生前から自宅の管理を任せられ、かつ死亡後の自宅財産の行方を将来まで考えて決めておけるのです。
ところで、最初に信託を設定したときに、事例のように委託者Aさん=受益者Aさんであれば、税金はかかりません。Aさんが亡くなって受益者がBさんに変わったとき、Bさんが亡くなってCさんが自宅を引き継いだときには、それぞれ相続税がかかります。
なお、仮に当初の契約が、委託者=Aさん、受益者Bさんとなっていれば、信託が発効したときに受益権という財産を受け取っていることになるため、Bさんに対して贈与税がかかります。受益権という権利や財産を他者から受け取ると、税金がかかるということです。

3.民事信託の注意点
ここでは大まかな説明をしましたが、実際には契約書に細かい決め事をします。受託者のCさんが亡くなったらどうするか、どのようなときに契約を変更できるか、などです。大切な財産を託すわけですから、将来のいろいろなケースを考えて慎重に契約内容を決める必要があるという点には特に注意が必要です。契約書の作成など信託の設定には数十万円の費用がかかることも覚悟しておきましょう。
認知症などの人の財産管理をあらかじめ託す方法には任意後見制度もあります。任意後見では、財産管理だけでなく契約などの生活のサポートも依頼できます。ただし、死後の財産の行方を決めておくことはできません。両者を併用することも可能ですので、その人に合った方法を上手に組み合わせて利用することが大切です。
山田 静江(やまだ しずえ)
CFP ファイナンシャル・プランナー
生活経済研究所長野 研究員
日本FP協会埼玉支部 副支部長
 
公開日: 2018年11月08日 10:00