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WPPとFIRE、貴方ならどっちにする!?
■FIREとは
FIREとは、英語の「Financial Independence, Retire Early」の頭文字をつなげた米国発祥の言葉です。直訳すると、経済的独立(Financial Independence)を果たして早期引退(Retire Early)するという意味です。厳格な定義はありませんが、収入の大半を貯蓄・投資に回しつつ支出の節約に励み、早期リタイアを目指すライフスタイルを指します。米国では2010年代から注目されはじめ、ミレニアル世代(1980~95年生まれのデジタルに高い親和性を持つ世代)を中心に支持を集めつつあります。
FIREを実現する上で代表的なのが「4%ルール」です。4%ルールとは、年間支出の25倍の資産を築いて年4%の運用利回りを達成すれば、そこから年4%ずつ生活費を引き出しても資産を取り崩さずに済むという考え方です。例えば、1年間の生活費が400万円かかる場合、その25倍である1億円の資金を準備すれば、その後年4%の利回りを達成する限り資産は枯渇しない計算になります(1億円×4%=400万円)。
■WPPとは
一方、WPPとは、就労延長(Work longer)、私的年金等(Private pensions)、公的年金(Public pensions)の頭文字をつなげた言葉です。具体的には、①まず働けるうちはなるべく長く働く、②次に就労引退から公的年金の受給開始までの間を私的年金がつなぐ、③最後に終身給付の公的年金が抑えの切り札の役割を担う、というもので、野球の継投に例えて「継投型」とも呼ばれています(※)。
私的年金を公的年金の受給開始までの「つなぎ」に使うという考え方は従来からありましたが、WPPの特徴は、それを「就労延長」と「公的年金の繰下げ受給」とセットにしたことにあります。就労延長は、給与あるいは事業収入が得られるメリットだけでなく、公的年金・企業年金により長く加入することで将来の年金額の増加が期待できます。また、公的年金は終身給付、すなわち一度受け取り始めたら亡くなるまで受け取り続けられる点が最大の特徴ですが、公的年金の繰下げ受給を活用することで、終身給付の厚みをさらに増すことができます。そして、就労延長および公的年金の繰下げ受給を活用することで、私的年金ひいては自助努力で備えるべき範囲が「就労引退から公的年金受給開始までの5年ないしは10年程度」と明確化・限定化されるため、「いくら準備すればいいのか分からない」という漠然とした不安が解消され、目標意識を持った備えが可能となります。
■個人の資産形成・資産運用に応用できるのはどっち!?
FIREとWPPの最大の相違点は、「職業生活からの引退」に対する考え方です。FIREは早期引退(Retire Early)が最終目標であり、そのための手段として投資や節約を行うことに主眼が置かれています。一方、WPPは、できるだけ長く働くことで就労および年金トータルでの収入増を目指すものです。こう書くと、FIREとWPPは「ウサギと亀」の関係に例えることもできます。
FIREは、「まとまった資産を手に入れて早く仕事を辞めたい」という、社会人なら誰もが一度は思い描いた夢に近づくための手段ではありますが、その根幹となる「4%ルール」、すなわち年4%の運用利回りをコンスタントに達成することがいかに困難であるかは、当コラムを愛読している皆さまには今さら説明するまでもありません。とはいえ、FIREを目指して資産形成すること自体は、結果として早期引退に至らなかったとしても、資産形成のスピードを早め、後の人生の選択の幅を大きく拡げることにつながるでしょう。
一方、WPPは、資産運用や金融リテラシーに自信がなくても、「働く」という誰しも一度は経験したことのある方法で老後生活に備えられます。例えば、資産運用だけで毎月5万円の収入を得るのは簡単なようでいて難しいですが、毎月5万円の就労収入を得ることはフルタイム勤務でなくとも実践可能です。また、WPPの実践が可能なのは、わが国の公的年金および私的年金の制度設計の柔軟さや選択肢の豊富さが背景にあります。
いずれにせよ、FIREだけで老後を乗り切ろうとするのはあまり得策ではありません。WPPとFIREを対立的に捉えるのではなく、両者の利点をうまく組み合わせて活用することが、豊かな老後生活につながるのではないでしょうか。
(※)私的年金の役割は完投型から「継投型」へ(2020年11月5日上程)
https://fpi-j.tv/announce/204
谷内 陽一(たにうち よういち)
社会保険労務士
証券アナリスト(CMA)
DCアドバイザー、1級DCプランナー