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何度でも言おう、「老後2,000万円」を鵜呑みにするな

2019年6月3日に公表された金融庁所管の金融審議会/市場ワーキング・グループ報告書『高齢社会における資産形成・管理』において、「(前略)収入と支出の差である不足額約5万円が毎月発生する場合には、20年で約1,300万円、30年で約2,000万円の取崩しが必要になる」と記載された箇所が、マスメディアの報道で「公的年金だけでは老後に2,000万円不足する」と曲解されて報じられたため大騒動となったのは、記憶に新しいところです。
そして、この2,000万円という数値を鵜呑みにしてはいけないことは、筆者も以前のコラム(※1・※2)で指摘したところです。さて、この2,000万円という数値、現在はどうなっているでしょうか。

■2022年時点では「931万円」に
そもそも2,000万円という金額は、総務省統計局の家計調査(家計収支編)における2017年時点の高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上・妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯)の家計収支を基に算定されたものです。しかし、高齢夫婦無職世帯の赤字額は、決して一定不変のものではありません。2017年以降の統計数値をみると、赤字額は徐々に減少し、2020年にはなんと56万円にまで減少しました(要因については※2のコラムをご参照)。最新(2022年)の統計では、30年分の赤字額の累積は約931万円(=25,855円×12月×30年)と、2,000万円の半分以下の水準にまで減少しています。

<高齢夫婦無職世帯の家計収支の推移>
2017年 (1)209,198円 (2)263,717円 (3)▲54,519円 (4)▲1,963万円
2018年 (1)222,834円 (2)264,707円 (3)▲41,873円 (4)▲1,507万円
2019年 (1)237,659円 (2)270,929円 (3)▲33,269円 (4)▲1,198万円
2020年 (1)257,763円 (2)259,304円 (3) ▲1,541円 (4)   ▲56万円
2021年 (1)237,988円 (2)260,094円 (3)▲22,106円 (4)  ▲796万円
2022年 (1)246,034円 (2)271,889円 (3)▲25,855円 (4)  ▲931万円

※数値の根拠は以下の通り。集計の関係上、合計値が必ずしも一致しない場合がある。
  (1)実収入額(月次)
  (2)実支出額(月次)
  (3)収支(=(1)-(2))
  (4)30年分の収支(=(3)×12月×30年)
(出所)総務省統計局「家計調査年報(家計収支編)」各年版を基に筆者作成


■2020年から「代表モデル」が変わった
家計調査(家計収支編)では、さまざまな高齢者世帯(世帯主年齢別・収入別etc)の動向が調査・集計されていますが、『年報』『結果概要』等の書籍やpdfファイルでは、従来は高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上・妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯)および単身無職世帯(60歳以上)が代表的なモデルとして図示されてきました。
しかし、2020年からは高齢者世帯の代表モデルが、夫婦高齢者無職世帯(65歳以上の夫婦のみの無職世帯)および単身無職世帯(65歳以上)にそれぞれ置き換えられました。代表モデルが変更された理由について正式なアナウンスはありませんが、おそらく、新モデルに該当する世帯が多数派となったことが要因と推察されます。その証拠に、新モデル(夫婦高齢者無職世帯)の赤字額の推移をみると、細かい金額の差異はあるものの、傾向としては従前モデル(高齢夫婦無職世帯)と大差ありません。

<夫婦高齢者無職世帯の家計収支の推移>
2020年 (1)256,660円 (2)255,549円 (3) +1,111円 (4)   +40万円
2021年 (1)236,576円 (2)255,100円 (3)▲18,525円 (4)  ▲667万円
2022年 (1)246,237円 (2)268,508円 (3)▲22,270円 (4)  ▲802万円
※数値の根拠および出典は、上記と同様。


■収入だけでなく「支出」にも着目すべし
また、家計収支を見る際は、収入だけでなく支出にも着目する必要があります。しかし、老後生活への備えに関する議論では、収入(年金・資産運用など)ばかりが注目されがちです。支出については、現役期(40~50代)の支出水準が老後も続くものと錯覚している人が少なくありません。また、支出の見直しを提案したところでビジネスにはつながらないため、金融機関や金融の専門家もほとんど言及しません。
しかし、前述の2,000万円の算出根拠を用いて説明すると、毎月の支出を2万円減らすだけでも、30年間の累計では720万円(=20,000円×12月×30年)も家計収支が改善する計算になります。「入るを量りて出ずるを為す」という諺(ことわざ)にある通り、収入を上回る支出なんて貯蓄を取り崩さない限り出来っこないのですから、老後の支出も収入の範囲内でやりくりするのが得策です。


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以上、今回は「老後2,000万円」の現状について解説しました。「2,000万円」という数字がいかに無意味であるかが、今回も確認できました。「老後にいくら準備しておけばよいか」は、個々の世帯の置かれた状況(生活習慣、住宅の有無etc)によって大きく異なります。個人的には、老後生活設計について未だに「2,000万円が必要」と話題にするような金融機関、ファイナンシャル・プランナー(FP)および評論家は、たとえ著名(あるいは大手)であっても信用するに値しないと考えます。


(※1)去年は2,000万円、今年は1,200万円!?(2020年7月16日上程)
https://fpi-j.tv/announce/188

(※2)新型コロナウイルス感染症が家計に及ぼす影響(2021年3月25日上程)
https://fpi-j.tv/announce/224
 

谷内 陽一(たにうち よういち)

社会保険労務士

証券アナリスト(CMA)

DCアドバイザー、1級DCプランナー

公開日: 2023年04月06日 10:00