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老後2,000万円、2024年は「老後1,226万円」に
そして、この2,000万円という数値を鵜呑みにしてはいけないことは、筆者も以前のコラム(※1・※2・※3)で繰り返し指摘してきたところです。さて、この2,000万円という数値、現在はどうなっているでしょうか。
■「2,000万円」の根拠とは
そもそも「2,000万円」という数値は、総務省統計局「家計調査年報(家計収支編)」における2017年の高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上・妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯)の家計収支を根拠としています。実収入の平均額が月209,198円に対し実支出の平均額が月263,717円となる場合、月次の赤字額は54,519円となり、これを30年分累積したものです(54,519円×12月×30年=1,963万円)。
つまり、「公的年金とは別に2,000万円の老後資産が必要」という主張は、無職の高齢者世帯が「赤字を30年間垂れ流し続ける」という、およそ非現実的な前提に基づいて算出されたものなのです(おまけに計算上は1,963万円なのに四捨五入で37万円も水増し)。にもかかわらず、2,000万円という推計値を絶対視して、さも全国民の老後資金が2,000万円不足しているかの如く主張するのは、およそ本質を踏まえていない的外れな見解だと言わざるを得ません。
■2024年時点では2,000万円は「1,226万円」に
また、約2,000万円という数値はあくまで2017年時点のものです。2017年以降の統計数値をみると、赤字額は年によって変動しており、決して一定不変のものではありません。2020年はなんと40万円の黒字に転換しました(要因については※2のコラムをご参照)。
最新(2024年)の統計では、夫婦高齢者無職世帯(65歳以上の夫婦のみの無職世帯)の30年分の累積赤字額は約1,226万円(=34,058円×12月×30年)と、2,000万円の約6割の水準となっています。
<高齢夫婦無職世帯の家計収支の推移>
2017年 (1)209,198円 (2)263,717円 (3)▲54,519円 (4)▲1,963万円
2018年 (1)222,834円 (2)264,707円 (3)▲41,873円 (4)▲1,507万円
2019年 (1)237,659円 (2)270,929円 (3)▲33,269円 (4)▲1,198万円
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2020年 (1)256,660円 (2)255,549円 (3) +1,111円 (4) +40万円
2021年 (1)236,576円 (2)255,100円 (3)▲18,525円 (4) ▲667万円
2022年 (1)246,237円 (2)268,508円 (3)▲22,270円 (4) ▲802万円
2023年 (1)244,580円 (2)282,496円 (3)▲37,916円 (4)▲1,365万円
2024年 (1)252,818円 (2)286,877円 (3)▲34,058円 (4)▲1,226万円
※1 2019年以前は高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦一組の無職世帯)、2020年以降は夫婦高齢者無職世帯(夫婦とも65歳以上の夫婦一組の世帯)。
※2 数値の根拠は以下の通り。集計の関係上、合計値が必ずしも一致しない場合がある。
(1)実収入額(月次)
(2)実支出額(月次)
(3)収支(=(1)-(2))
(4)30年分の収支(=(3)×12月×30年)
(出所)総務省統計局「家計調査年報(家計収支編)」各年版を基に筆者作成
■老後の家計支出は「加齢」とともに減少
家計調査(家計収支編)では、夫婦高齢者無職世帯の平均値ばかりが取り上げられますが、じつは同調査では、高齢者世帯について年齢階級別(無職世帯:60歳から85歳以上まで6段階、勤労者世帯:60歳から70歳以上まで3段階)の動向も調査・集計しています。
無職高齢者世帯(2人以上の世帯)の家計収支を年齢階級別にみると、収支額(赤字)は加齢とともに縮小する傾向にあります。これは、実収入は年齢によってさほど差は生じないものの、実支出は加齢とともに食費・交通費・非消費支出(直接税・社会保険料など)が少なくなる傾向にあるためです。
<無職高齢者世帯の家計収支(2024年)>
60~64歳 (1)187,138円 (2)321,277円 (3)▲134,139円
65~69歳 (1)307,741円 (2)352,686円 (3)▲44,945円
70~74歳 (1)275,428円 (2)303,839円 (3)▲28,419円
75~79歳 (1)260,886円 (2)290,216円 (3)▲29,350円
80~84歳 (1)244,783円 (2)261,156円 (3)▲16,732円
85歳以上 (1)246,949円 (2)256,883円 (3)▲9,934円
※数値の根拠および出典は、上記と同様。
■老後の家計収支は「就労延長」で劇的に改善する
さらに、無職高齢者世帯ではなく勤労高齢者世帯(2人以上の世帯)の家計収支を年齢階級別にみると、家計収支はどの年齢階級においても黒字となっています。つまり、家計収支が赤字になるのを避けたいのであれば、働けるうちは働いて収入を得る就労延長(Work longer)が有効であることがわかります。逆に、定年後は一切働かず悠々自適なセカンドライフを満喫したいのであれば、現役時に相応の老後資金を準備しておく必要があります。
<勤労高齢者世帯の家計収支(2024年)>
60~64歳 (1)515,182円 (2)416,960円 (3)+98,222円
65~69歳 (1)499,863円 (2)386,131円 (3)+113,732円
70歳以上 (1)411,000円 (2)320,635円 (3)+90,364円
※数値の根拠および出典は、上記と同様。
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以上、「老後2,000万円」という数値がいかに無意味であるかが、今回も改めて確認できました。「老後にいくら準備しておけばよいか」は、個々人の置かれた状況(生活習慣、住宅の有無etc)によって大きく異なるため、唯一絶対の正解はありません。にもかかわらず、統計上の平均値(あるいは都合の良い数値)を持ち出して老後不安だの老後破産だの老後難民だのを煽る書籍・メディア報道・金融商品広告は後を絶ちません。老後生活設計について未だに「2,000万円が必要」と話題にするような金融機関、ファイナンシャル・プランナー(FP)および評論家は、たとえ著名であっても信用するに値しないと考えます。
(※1)去年は2,000万円、今年は1,200万円!?(2020年7月16日上程)
https://fpi-j.tv/announce/188
(※2)新型コロナウイルス感染症が家計に及ぼす影響(2021年3月25日上程)
https://fpi-j.tv/announce/224
(※3)何度でも言おう、「老後2,000万円」を鵜呑みにするな(2023年4月6日上程)
https://fpi-j.tv/announce/330
谷内 陽一(たにうち よういち)
名古屋経済大学 経済学部 教授
社会保険労務士
証券アナリスト(CMA)